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Vol.49


「新しい生活様式における演奏発信の可能性」

こんにちは。常葉大学短期大学部音楽科准教授の井上幸子です。専門は管楽器演奏法、音楽教育法で、自分が主として研究している分野はクラリネットとバスクラリネットという木管楽器に属する黒檀でできた幅広い音域を持つとても魅力的な音のする楽器です。
大学での教壇生活のほか、演奏・指導活動も行っております。今日は、コロナ禍で音楽界がどのような変化を見せたかを、一人の演奏家の視点でコラムとして書いてみたいと思います。

音楽界も、まさかというくらいに大きく変化をしました。これまでごく当たり前に行ってきた「人と人が目の前で会って、同時に音を奏でる」という行為そのものが、これほどまでに成立するのが難しい世の中になるとは、数ヶ月前まで一体誰が想像したでしょうか。楽器演奏がもたらす飛沫感染についての確かな情報もまだない中、多くのイベント主催者はこれまでに経験したことのない苦渋の判断を次々と問われることとなりました。2月~3月の段階では、既に企画されていた演奏会の「中止」というポスターが至るところに現れ、どこの演奏会場のホームページやSNSを見ても「中止」「延期」「検討中」の文字がついた演奏会パンフレットが毎日数十種類流れてきて、これは本当に異常な事態だとしっかりと認識させられる事象の一つとなりました。

4月に入って、学校関係のイベントの中止が相次いで発表になりました。部活動の区切りとなる定期演奏会の中止、そして静岡県は吹奏楽コンクールの中止を全国で一番早くに決断したことで全国の吹奏楽関係者から非常に多くの注目を集めることになりました。「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる存在であったコンクールの中止決定は、やがて全国全ての地区大会、都道府県大会、そして全日本大会までの全ての段階が中止となる決定へと繋がりました。青春の熱き目標の1ページも2ページもが突然に目の前から消え、自宅での自粛生活を余儀なくされる中高生の空虚感・心のケアは必須となりました。 

中高生のみだけでなくプロの演奏家も同じように演奏活動が次々と奪われ、前代未聞の日々を過ごしていた中、一つの代替活動が展開されました。自分の演奏パートの動画を撮り、編集によって合奏をしているかのようにまとめられた「リモート・アンサンブル」「テレワーク合奏」という名前のものが現れ始めました。

 ○《新日本フィル》テレワークでパプリカをやってみた!(管弦楽)
 https://youtu.be/QjDpXJeNp7w

プロのオーケストラ楽員が挑んだ新たな試みは決して容易なことではなく、自分たちが自宅で今持てる身の回りの機材や音響環境を駆使して演奏を録音し世界に配信するということは、非常に勇気を伴うものであったことも窺えます。なにより目の前に誰もいない中、頼れるのは共通のイメージ音源か、テンポを示すクリック音(電子メトロノーム音)のみであり、完成図を信じて挑んだ軌跡は多くの音楽を愛する人々に勇気を与えました。

ほぼ同時に立て続けに中高生の部活動からも、テレワーク合奏が配信されました。

 ○【テレワーク大合奏!!】宝島/羽村第一中学校×OG【コロナに負けるな!!】(吹奏楽)
 https://youtu.be/D43z-20aVcg 

 ○テレワーク合奏「宝島」松商学園高校吹奏楽部 (吹奏楽)
 https://youtu.be/odcpB1HgtcE
 
この二つの動画は全国でも先駆け的な存在であり、新しい配信の可能性が可視化されたことは、多くの中高生や学校関係者に希望を与え、可能性の気づきはやがて全国的な発展に繋がりました。
また学校間や年齢の垣根を越え、浜松市ではSBSプロモーション浜松支社主催によるテレワーク動画も作成されました。小学生から社会人まで実に232人の参加による動画は、さすがは音楽の都・浜松市といった圧巻の映像でした。

 ○ 232人の吹奏楽リモート演奏「うちで踊ろう」浜松市・吹奏楽ウェブ・フェスティバル
 https://youtu.be/huI5zPBxl8w

私自身も指導を受け持っている学校の一つの生徒たちの「何かやりたい」という願いをリモート・アンサンブルの形で具現化しました。生徒たちにとって前年度のアンサンブル・コンテストで十分に練習した曲だけあって、難曲にも関わらずとても上手にそれぞれのパートを録画して送ってきました。エンジニアの方のお力もお借りしつつ、背景に曲のイメージをつけて完成させた物を渡した時の生徒たちの喜ぶ姿は、私自身、一人の演奏家として忘れかけていた熱い思いを感じさせられる出来事となりました。

 ○コロナに負けるな!「パピリオの影」(クラリネット四重奏)
 https://youtu.be/4sMjqaqsAlY

生徒たちに勇気づけられる形で、私も仲間とのリモート・アンサンブル動画を配信し始めました。
最初は、私の出身地である北海道の唯一のプロオーケストラである札幌交響楽団の存続寄付金を呼びかける活動も含めて、札幌ゆかりの演奏家と作成しました。演奏者4人中、2人は札幌、1人は東京、1人は静岡にいながら一緒に演奏できるということは、それはそれでとんでもない時代が到来したなと感じました。
 
 ○虹と雪のバラード(クラリネット、ファゴット、バリトン、ピアノ)
 https://youtu.be/F5sjrq5tanM
 
次に、静岡の仲間と演奏動画を作成しました。実際に予定していた演奏会やCD録音の機会を続けざまに中止にしなくてはならなかったこともありましたが、遠隔で演奏をし始めたことで毎日のように自分たちの演奏を送り合うことになりました。それまで対面で行なっていたリハーサル回数よりもはるかに多い頻度で互いの演奏を聴くことで理解度も上がり、実生活での密を完全に避けた結果、音楽的にはかなり密な関係になり、最後の対面リハーサルから自粛生活が明け再び集まるまでに実に96日間もありましたが、久しぶりに集まり初めて同時に奏でた一音目の感動は、私たちにとって忘れることのない財産となりました。
 
 ○花は咲く(クラリネット、サクソフォーン、トランペット、ピアノ)
 https://youtu.be/6Cf6qQ5aM7M

 ○あれから(クラリネット、サクソフォーン、ピアノ)
 https://youtu.be/0ImVbRSnkZs 
 
私自身の音楽活動の方向性にも変化が現れました。自宅で録音して、各々から集まった音源を編集し、さらに動画を編集してネット上に公開するというスキルや知識をつけるために本を読み専門家に聞くなどして勉強した日々は、今まで知らなかった多くの視野を手に入れることに繋がりました。これまで舞台で感じていた「生の音の美」とはまた違った「デザインされる音の美」の世界を知ることになりました。

また最低限の良い機材環境を揃え発信している過程を目にしてくださっていた方々から、とりわけ音楽出版関係者からは、新しく出版される楽譜を自宅で録音してデモ音源として送ってほしいという依頼に繋がっていきました。

 ○星影のエール 〜全国の音楽を愛する若者に捧げるエール〜(クラリネット、ピアノ)
 https://youtu.be/wLk2nBW_esQ

 ○あなたがいることで(クラリネット四重奏)
 https://youtu.be/o9x2F1xYtss
 
こうして依頼を受ける楽譜の編成の中には、自分ともう一人違う奏者が録音したものを合わせるもののほか(例:クラリネットとピアノ)、一人でたくさんの旋律を録音して重ねていく多重録音と言われるものも多く含まれていました(例:クラリネット3本、バスクラリネット1本)。本来沢山の人数で同時に演奏することが想定されている曲を一人で演奏していくことは、なかなか孤独な闘いでもあり、体力も集中力も気力も必要になりましたが、完成した時の達成感はひとしおでした。

そうした多重録音活動を見ていてくださったエンジニアの方が、動画作成の協力を申し出てくださり、まるで私が何人もいるかのように絵を仕上げてくださいました。歩みを止めなければ、必ず人と人が出会い、新たな活動に発展していくのだと改めて感じた出来事でした。
 
 ○いい日旅立ち(クラリネット七重奏)
 https://youtu.be/3CnhP1vVRAU

このようにして自宅で機材を揃え録音活動を展開した演奏家は私だけでなく、日本全国各地多くに及びました。オンラインレッスンや授業を余儀なくされたこともありますが、演奏家の自宅録音環境が急速に良くなったことが注目されたことも一つの要因となり、大きな発展を見せることとなります。

17人の吹奏楽を愛する作曲家が4小節ずつリレー方式で一つの楽曲を制作し、それを10人の吹奏楽指導者・指揮者が指揮をし、全国から71人のプロの演奏家が録画で演奏に参加する「つながるプロジェクト」が行われました。私自身も演奏で参加させていただいたこの壮大な企画は、楽譜も無料でダウンロードできるため、日本全国の吹奏楽を愛する演奏家が自由にこの曲を奏でることが可能になりました。その後、日本各地の中高生がそれぞれの部活動などでこの曲を演奏をしている動画も掲載され始めました。まさにプロ・アマチュアの垣根を超え、一つの曲を通して音楽の輪が広がり、皆一つでこの難局を乗り越えようという大きな「感謝とエール」に繋がりました。
 
 ○【つながるプロジェクト】制作楽曲「つながる〜感謝とエール」(吹奏楽)
 https://youtu.be/N6ZpZkRQJbU
 
新型コロナウイルスによって失った生演奏の機会はとても多く、この先も通常通りに客席を満席にしての演奏会開催はいつになるのか、まだまだ見込めない世の中が続きます。しかしながら、私たちはどんな形であれ、奏でることをやめるわけにはいきません。

現在では、感染予防対策で客席に人数制限をかけなくてはならないことを逆手に生演奏で聴けることを希少価値化し、同時に演奏会の様子をライブ中継で行う、「ハイブリッド」形式のコンサートも誕生しました。これまで目の前の客席数のお客様しか鑑賞することのできなかった生の演奏会が、リアルタイムで世界中の無限のお客様に届けられることになりました。もちろん今までも、テレビ番組やYouTube、SNSなどで生中継を目にすることもありましたが、一個人の演奏家に、これまでのクラシック・コンサートと同じチケット制でライブ配信による演奏活動の機会が急速に与えられたことは、コロナ禍を打破すべきして行き着き生まれた、まさに新しい生活様式に沿った演奏発信の可能性の一つといえるでしょう。

ハンガリーの作曲家・ゾルターン・コダーイが提唱した通り、音楽教育の真の狙いは魂の教育であり、音楽は魂に不可欠な栄養素かつ、その魂には音楽によってしか発展させられない領域があります。音楽は精神を豊かにする力強い源です。音楽こそがより良い平和な社会を作り、人類の発展に寄与します。

今後も大学教員であり一人の演奏家としての立場から、音楽教育を通して優れた人間性を育成し、この先どんな世の中になろうとも、音楽の持つ可能性を信じて歩んでいくべきだと、コロナ禍に置かれて尚一層、決意を新たにする機会となりました。

   (令和2年度の常葉大学公開講座が開講された場合、詳細な内容について講義する予定です)
執筆者 井上幸子
短期大学部 音楽科 准教授
(専門はクラリネット)

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