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Vol.31


お家でできる名品鑑賞~その2~ 体を使って《考える人》を楽しもう


オーギュスト・ロダンの代表作《考える人》は、誰もが知っている作品です。
しかし、このように有名なものほど、知っているようで知らないものです。
この彫刻が実際、どのような姿勢をしているのか、たとえば頬杖をついているのは右手なのか左手なのか、あらためて聞かれると、わからないものです。そこで、まずはよく見てみましょう。



右手で頬杖をついているのですが、ぜひ注目していただきたいのは、右ひじです。
体のどこに付いているでしょうか。
普通、右手で頬杖をついて前かがみになると、右ひじは右足の上に載ります。しかし《考える人》は右ひじが左足の太ももに載っているのです。これは体を左に(図では向かって右に)ひねっているということです。



次に、横から見てみましょう。
足と頭の位置を比べてみてください。頭がそうとう前に出ていることに気づくでしょう。かなりの前傾姿勢です。



ついでに、後ろからも見てみましょう。
背中の筋肉(広背筋)がすさまじい盛り上がりをみせています。
これらをまとめると、《考える人》は、体をひねりながら、強く前かがみになり、体中に力を入れている人ということになります。
この人はどうしてこんな姿勢をしているのでしょうか。そして何を考えているのでしょうか。
それを知るには、この格好をまねてみるといいです。自分の体を使って、《考える人》の気持ちを察してみましょう。

ただし、かなり窮屈な姿勢になりますので、けっして無理をしないようにご注意ください。体が痛いと思ったら、それ以上はやめておきましょう。


まず椅子に浅く腰掛けます。
両足は前に伸ばさずに、後ろへ下げましょう。そして背筋を伸ばします。



右手を口のあたりに付けます。
このまま前にかがむと、右ひじが右太ももに付いてしまいます。
そこで・・・



右肩をぐっと左へひねります。
ただし、このとき顔も左を向いてはいけません。顔は正面を向いたまま、肩だけを左へひねります。


その状態で、前かがみになり、右ひじを左太ももの上に付けます。
足首よりも頭が前に出るようにします。
椅子から転げ落ちそうになりますので、体全体に力を入れて踏ん張ってください。


いかがでしょうか、うまくできたでしょうか。
たいへん厳しい体勢であることが、身をもっておわかりいただけたと思います。
このような姿勢で、考える人はどんな気持ちで、何を考えているのでしょうか。



そのヒントは、この作品が生まれた経緯を知るとわかりやすいです。
《考える人》は、もともとは《地獄の門》という作品の一部分でした。《地獄の門》は高さが6m以上もある大作で、ロダンが後半生をかけて作り続けた作品です。その上部、中央に座っている人物を取り出して、ひとつの作品として独立させたのが《考える人》です。

ちなみに、《考える人》は当時からたいへんな人気作でした。《地獄の門》に座っている人物は高さが60cmほどなのですが、その縮小版(高さ約40cm)や、拡大版(高さ約180cm)も作られ、たくさん鋳造されました。
その結果、世界には小型、中型は数えきれないほどあり、大型は21点あるとされています。さすがに現在は、フランス政府が原型を管理しており、そのような乱雑な鋳造は許可されていません。

それはさておき、考える人は地獄の門に座っている人です。地獄の門には地獄で苦しんでいる人たちがたくさん表されています。考える人の足元には真っ逆さまに落ちていく人がいたり、あるいは背後には、悪魔や骸骨に引っ立てられていく女性たちがいたりします。頭上には首だけになった人々が横一列に並べられています。このような想像を絶する状況の真っ只中で、この人物だけが座って、思索にふけっているのです。
ですから、考える人は、地獄について考えているのです。地獄とは何か、良い生き方、悪い生き方とは、人生とは、人とは・・・、思いは尽きないでしょう。
ただ注意したいのは、この人物は、のんびり楽しく考えているのではないだろうということです。想像してください。阿鼻叫喚のさまを目前にして、悠長な気分に浸ってられるでしょうか。少なくとも真剣に、必死に考えるのではないでしょうか。ですから《考える人》は、がんばって考えている人なのです。
その真剣さが、その姿勢や肉体に表れているのです。身をよじり、極端に前かがみになって、まるで自らが地獄に落ちてしまいそうです。でもそこで踏みとどまって、考え続けることを定められた人物、それが考える人なのです。実行性よりも思惟する勇気が求められるときもあるでしょう。それは行動するよりも苦難の道であるかもしれません。

《考える人》の厳しい姿勢をまねしながら、その心中を想いやってみましょう。ステイホームや移動制限、新しい生活様式など、なにかと行動することに制約が多い昨今、あらためて考えることに注力してみるよい機会かもしれません。
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上記の内容は、下記のPDFファイルでもご覧いただけます。
執筆者 堀切正人
教育学部生涯学習学科 准教授
常葉ギャラリー 館長
(専門は博物館学)

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