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Vol.14


ステイホームの期間にK文学を楽しむ ~社会性を追求するK文学とフェミニズム~

普遍性を獲得したK文学

最近、家の近くの本屋さんに立ち寄ったところ、無表情の男の子の姿がカバーとなった小説が中央コーナーにおかれており、自然と目に入った。近づいてみてみると、「2020年本屋大賞」翻訳小説部門を受賞した韓国の小説『アーモンド』(祥伝社)であった。最近、ごく自然に陳列されているK文学をよく目にする。先日は、蔦屋の単行本ベストセラー10の中に、キム・スヒョン(2019)『私は私のまま生きることにした』(ワニブックス)、ハ・ワン(2020)『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社)がランクインしていた。
これらの本に共通してみられる語りは「共感」という言葉である。つまり、K文学は今や日本社会の中で、日本人の心を代弁する役割を担っているといえる。それはある意味、普遍性を獲得したともいえる。注目すべき点は、これらK文学がさまざまな立場にある個人を包摂するパワーを持っている点である。『私は私のまま生きることにした』は、生きづらさを抱えた人々の国境を越えた自己肯定のエッセイであり、『あやうく一生懸命生きるところだった』は「自分の人生基準を失ったまま燃え尽きるまで他人と競争して働くこと」への疑問を問いかけたエッセイである。
そして、2020年度本屋大賞翻訳小説部門で1位を獲得したソン・ウォンピョン(2020)『アーモンド』(祥伝社)は、偏桃体により感情を表現できない男の子の成長物語である。一見「共感」とは無縁のストーリーだと思い読んでみると、感情をうまく表現できないことのもどかしさと同時に、むやみに他者に感情をぶつけることの暴力さなど感情を取り巻くコミュニケーションの視点を外部的視点から学ぶことができる貴重な物語であった。本書には、息子のために感情表現を強要する母親の教育姿勢や心無いクラスメートの暴言なども多々出てくる。だが、ある意味それらのどれもが、被害者にもなり加害者にもなりうる自分と向き合うきっかけを与えている、そんな物語であった。
本書を読んだある学生のコメントが印象的だった。「目まぐるしく変わる現代社会では、未来への希望を見出せる新しい価値のようなものが存在することが難しい。心の支柱を失った現代人は先が見えない不安から皆少なからず孤独感を感じているのではないだろうか。このような今の人たちが国境を越えて共通して抱く感情がアーモンドの主人公の姿と共鳴したのではないだろうか。」つまり、今の時代、誰もが孤独や不安という感情を抱えてながら生きている。それぞれのポジションから、主人公と向き合うことで「心の中の居場所」を見つけられる、そんな読み方も一つの発見であった。

フェミニズム小説『82年生まれ、キム・ジヨン』ブームと日本の女性

そして、何よりもK文学の魅力は、多くの作品が社会的なメッセージを含んでいる点である。
日本におけるK文学ブームをもたらしたきっかけとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』はその代表例といえ、純小説としても異例の100万部を超えるベストセラーとなった。本小説は、主人公キム・ジヨンの学校生活、就職活動、職場生活、結婚、育児というライフコースにおいて、女性の人生に潜むさまざまな困難が表現されている。韓国では『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒットを前後し、グローバル規模でのMeToo運動の活性化とともに、性暴力や雇用差別など女性の問題が大きく再浮上した。女性を取り巻く環境への改善を訴えるべく10,20代の女性たちが積極的に政治参加し、文在寅政権下では、女性雇用差別解消、女性政策の強化およびジェンダー暴力の根絶などの政策もなされている。
一方、本書は日本でも17万部のベストセラーとなり、読者レビューには、本書を通じて女性ゆえに不当な待遇を受けた過去の記憶に怒りや悲しみがどっとあふれてきた読者の悲痛な語りが多くみられた。テレビ番組においても『82年生まれ、キム・ジヨン』をテーマにした番組「目撃!にっぽん『キム・ジヨンと女性たち~韓国小説からの問いかけ』(NHK、2019年8月25日放送)が制作され、①就職活動の際セクハラを経験した20代の女性、②妻の社会復帰と子育ての分担をめぐる夫婦の葛藤、③子育てを抱えながら、管理職になることを夢みて病院で正社員(医学療法士)として働く女性、④親の都合により大学進学できなった姉に当時の心境を確認するために弟が姉と再会する内容を扱った。また、女性誌『VERY』(2019年1月号)では「きちんと家のことやるなら働いてもいいよ」と息子が言わないためにできることという特集を組んだ。少なからず、『キム・ジヨン』の影響は、日本の女性の日常に変化をもたらしはじめたといえる。特に、昨今のコロナ危機による自粛規制よって、非正規労働女性の解雇は言うまでもなく、子どもの学校が休校になり、夫の自宅でのテレワークが長期化する中で、女性の家事、育児の長時間労働はよりリアルな現実となっている。これまで可視化されなかった女性の労働は、K文学やコロナという外部からの意外な来客によって社会問題として認識されはじめたのかもしれない。

執筆者 福島みのり
外国語学部 グローバルコミュニケーション学科 准教授
(専門は現代韓国社会)

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