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教員情報


原 信芳

職名教授
所属常葉大学 健康プロデュース学部 健康栄養学科
学位文学(修士)
研究分野ドイツ現代史、ドイツ社会政策史

学歴

慶応大学文学部史学科 西洋史専攻卒業
慶応大学大学院文学研究科 修士課程修了
慶応大学大学院文学研究科 博士課程単位取得退学

著書

  1. 中村隆英編『日本の経済発展と在来産業』 共著 1997年2月 山川出版社
    明治維新以降昭和戦前期にかけて、わが国の二次三次産業は急速に発達した。そのなかで明治前からの伝統的産業(在来産業)はマルクス経済学者がいうようには衰退していない。在来産業が、明治以降の日本経済の発展に果たした役割の分析が本書の課題である。(全263頁) 分担執筆・第6章「在来産業と商工行政」212-243頁
    1937年に制定された百貨店法の成立過程と中小小売商の状態を分析した。その際、ドイツの小売商保護法との比較の視点をとりいれた。
    共著者:中村隆英(編者)藤井信行、大森一宏、松本貴典、内田金生、高橋恵子 、谷本雅之、奥田都

  2. 滝田毅編『転換期のヨ-ロッパと日本』 共著 1997年3月 南窓社
    本書は両大戦前後の時代を対象に、日本と西ヨーロッパの政治と経済の重要な変化を考察したものである。Ⅰ部国民国家の形成と展開、Ⅱ部両大戦間期のヨーロッパと日本、Ⅲ部第二次世界大戦の終結と戦後のドイツ(全302頁) 分担執筆・第Ⅱ部のうち「両大戦間期デフレ政策の評価をめぐって」198-224頁
    井上準之助(日本)とハインリヒ・ブリューニング(ドイツ)の財政政策を一方的に批判することは、ケインズ政策を是とする今日的な基準にもとづくものであり、均衡財政は再評価されてしかるべきである。
    共著者:鍋谷郁太郎、滝田毅(編者)室井俊通、君塚直隆、篠塚敏生、黒澤文貴、剣持久木、佐藤健生

  3. 中村隆英編著『都市化と在来産業』 共著 2002年11月 日本経済評論社
    都市化がすすめば、人々の生活様式が変わり産業もそれにつれて変化する。本書は第1次大戦以降の都市化の時代に、わが国在来産業がどのような展開をみせたかを分析したものである。(全310頁) 分担執筆・第5章「両大戦間期都市失業対策の展開」145-175頁
    西欧でも日本でも失業が政治社会問題化したのは第1次世界大戦後である。すなわち、国家的失業対策は両大戦間期にはじまった。第5章はこの時期に東京、大阪など大都市で実施された失業給付を中心に、都市失業対策事業を考察した。そのさい、失業保険制度の先進国ドイツとの比較という観点をくわえて、一国史をこえた視野をもつことにつとめた。
    共著者:谷本雅之、中村尚史、大森一宏、北原聡、中村隆英(編者)、富永憲生、須永徳武、藤井信幸、奥田都子

  4. J.J.バッハオ-フェン著 岡道男、河上倫逸監訳 『母権論3』 共訳 1995年2月 みすず書房
    本書は古代世界の母権制社会に関する著者の大著を翻訳したものの第3巻である。近代社会の特徴である男性優位社会は、けっして人類所与のものではなかった。女性の政治的地位は低位であったけれども、古代世界には、ギリシア、エーゲ海緒島、エジプト、インド、中央アジアなどに広く母権制社会が存在していたのである。著者による母権制社会の発見は、歴史学の再解釈から法学、人類学、女性学にわたる知の領域に、新しい刺激を与えた。(全433頁) 分担:「レスボス」を訳出。54-93頁
    レスボス島における古代母権制社会の成り立ち。
    共訳者:竹本健、山根共行、兵頭俊樹、西川珠代、竹中康雄、山澤幸致、飯野靖夫、耳野健二、滝井一博

  5. マウス『産業資本主義の法と政治』 共訳 2002年 3月 法政大学出版局
    本書は高度産業社会における、民主政治と法との関連を分析した著者の代表作を翻訳したものである。著者は民主制度の観点から、法の実践的次元の役割に光を当てる。(全490頁) 分担:第6章「ヘルマン・ヘラーと連邦共和国の国法学」を訳出。180-219頁
    ワイマール共和国時代の法学者へラーは、社会的法治国理論、実質的憲法論、民主的価値共同体など戦後西ドイツの国法学、憲法実務においても、なお未解決で継続的に議論されている諸問題を先取りしていたという点で、いまだにアクチュアリティを失っていない。
    共訳者:耳野健二、東尚史、皆川宏之、林隆也、城達也、毛利透、上村隆広、井上琢也

論文

  1. 「第三帝国における保守派抵抗運動の対外政策(上)(下)」 単 1983年1月、5月 慶応大学三田史学会編『史学』52-3・4号、53-1号(上)103-118頁 (下)79-92頁
    ドイツ保守派の反ナチ運動者の対外認識と外交政策をドイツ外交史上に位置づけた。彼らの外交政策はワイマール共和政時代の保守派中の穏健派の流れを汲むものであったが、ヴェルサイユ条約修正は、彼らにしても当然のことであり、それは彼らの領土要求によく現れている。彼らがミュンヘン会談まではおおむねヒトラー政権と親和的であったのは、ヒトラーの大政策のなかに彼らの小政策がはいっていたからである。そこで彼らの抵抗運動は、英米両国の信頼を獲得することができなかった。

  2. 「ナチス・ドイツの雇用創出政策(1933-1935 年)(上)(下)」 単 1987年5月、9月 『史学』57-1号、57-2 号(上)23-46頁 (下)109-131頁
    ナチス政権の雇用創出計画の実施状況、資金の調達、効果について分析考察した。
    ナチス政府は、手形金融で資金調達をした大規模な公共事業により、多くの失業者を吸収して、完全雇用を実現した。そしてそれは、成立したばかりの政権に国民的な威信を与えた。しかし政府借り入れの償還はすすんでいない。赤字財政による恐慌克服であった。

  3. 「党員の職業構成からみたナチズムの社会的基盤-労働者層への浸透?-」 単1987年12月  現代史研究会編『現代史研究』33 53-72頁
    党員の職業から、政権獲得前のナチスの支持基盤をあきらかにした。それによれば、ナチス党は中間層の政党であるとともに、かなりの労働者政党的な性格を、結党時よりもっていた。これはナチスが、国民政党に近い傾向にあったことの現れでもある。ナチスは徒に、国民社会主義を名乗ったわけではなかった。

  4. 「ナチズムと教育-機会均等の幻想-」 単 1990年3月 『ユスティティア』創刊号(ミネルヴァ書房)82-94頁
    ナチス政権下の中高等教育学生の出身階層を明らかにした。ナチスは新しい学校をつくるなど教育の機会均等をよそおったが、プロイセン以来の教育の機会不均等はナチス時代でも、基本的には変わっていない。ナチスの宣伝した教育の機会平等は実態ではなかった。

  5. 「昭和の軍事財政-高橋財政期から日中戦争期にかけて-」 単 1991年6月 軍事史学会編『軍事史学』27-1号 13-27頁
    高橋財政期からに日中戦争期にかけて、日本の軍事費調達について分析した。高橋蔵相時代の抑制は、日中戦争期の臨時軍事費特別会計によって崩壊した。軍事インフレを糊塗したのは、朝鮮や華北における植民地銀行による巧妙な資金調達方法であった。

  6. 「ナチス・ドイツの再軍備と金融動員」 単 1993年5月 『歴史と社会』14号(リブロポ-ト社) 357-371頁
    ナチス・ドイツの軍事支出の推移とそれをささえた金融体制、とくに手形金融(Mefo手形)による軍事費調達について分析した。ナチス政権はあらゆる手段を講じて再軍備金融をおこなったが、その軍事費はけっきょく赤字公債でまかなわれたといえる。そして、その償還はとどこおったまま第2次世界大戦をむかえる。

  7. 「『荒れ野の四〇年』の弁証法」 単 1995年8月 ドイツ文化社会史学会編『ドイツ文化社会史研究』(ミネルヴァ書房)3号39-45頁
    ヴァイツゼッカー演説の論理的検討。人はやってもいないことに対して倫理的責任をおうことはできない。それを引き受けるならば、それは形而上的な責任しかない。

  8. 「歴史研究における認識の客観性について」 単 2002年 3月 比較法史学会編『比較法史研究』(未来社)10号234-249頁
    歴史学は当為命題には禁欲して、考察の対象を存在命題に限定することによってのみ、認識の客観性を獲得することができるということを、カントの実践理性批判、ウェーバーの没価値性、ロビンズの新古典派経済学の理論を援用して説明した。

  9. 「第三帝国における保守派抵抗運動のポスト・ナチズム構想」 単 2002年6 月 『史学』71巻2・3号179-219頁
    ドイツ保守派の反ナチ運動がナチス体制清算後に樹立しようとしていた体制が、帝政期に由来する権威主義的なものであったということを、史料にもとづいて実証した。彼らの構想はドイツ近代史のなかで、ある位置は占めているし、全体主義ではない。しかし、それはドイツの政治社会の進歩に竿をさすものではなかった。それゆえに、国民の支持を獲得する可能性は乏しかった。

  10. 「ワイマール共和国前期の失業給付システム」 単2004年6月 日本西洋史学会編『西洋史学』213号 1-21頁
    職業紹介失業保険法(AVAVG)成立前ドイツの職業紹介失業給付システムの変遷は、以下の3期に整理される。(1)1918年秋の敗戦から23年末までの戦後復興・インフレ期には失業給付は扶助原理で実施されたが、救貧措置ではないことが強調され、給付にあたって職業紹介業務との関係が深くなる。国営の職業紹介機構が整備されたのもこの時期である。(2)1923年末から25年まではインフレーションの終息、外資流入を牽引車とする生産回復、財政経済の整理合理化を背景に、当事者拠出が導入されて失業給付の社会保険化方向が打ち出される。AVAVGのもととなった第三次失業保法案の策定や、給付事業と義務労働・緊急事業への就業など労働市場政策との関連強化による無償扶助回避の政策配慮も、同様の傾向を示す。(3)1926年からAVAVGの制定までの時期には、慢性的失業という労働市場のあらたな現実におされて、失業給付は社会保険化指向と扶助による補完の双方向機能を示す。失業の長期化に対応して給付期間が延長されるとともに扶助原理に立脚した緊急扶助の支給があらたに始まった。この保険化と扶助の両頭システムを保険原理で再編成して、AVAVGが制定されることになる。

  11. 「ドイツ失業保険機構の成立と機能(前)(後)」 単2008年3月、2009年3月浜松大学『健康プロデュース雑誌』2-1号、3-1号 前編1-9頁 後編1-11頁
    1927年にドイツで職業紹介失業保険法(AVAVG)が制定されて、ドイツの失業給付は社会保険化した。しかし世界恐慌期に大量慢性的な失業者に面して、その保険機能は瓦解する。AVAVGの再建は、雇用創出事業と軍需景気で完全雇用を達成したナチス時代をとばして、戦後西ドイツでおこなわれる。

担当経験のある科目

  • 健康プロデュース概論(オムニバス 健康プロデュース学部)
  • 食生活と健康(オムニバス 健康プロデュース学部)
  • 人間と歴史(健康プロデュース学部)
  • 時事問題演習ⅠⅡ(健康プロデュース学部)
  • 歴史学(保健医療学部)
  • 日本の文化と社会(留学生科目)

所属学協会

日本西洋史学会、歴史学研究会、社会経済史学会、軍事史学会、比較法史学会、現代史研究会

メッセージ

研究ノート・書評など
  1. 「ドイツ(再)統一の評価をめぐって 単1993年8月 『史学』63-1・2号 169-186頁
    東西ドイツ統一をめぐる研究、論評を整理した。東独擁護論が統一の否定につながっている。

  2. 「教育機会と社会移動 単 1995年6月 浜松大学『国際経済論集』2-1 号 45-50頁
    明治の日本と同時代のドイツについて、学歴と社会的上昇機会の関連について分析した。当然のことながら、両者には強い相関関係がある。

  3. 「歴史学の期待可能性」 単1996年6月 『比較法史研究』5 号 372-381頁
    刑法学の期待可能性の概念を援用して、歴史学的評価は、いかになされるべきかについて論じた。歴史学における批判は内在的になされるものであり、外在的批判は歴史学にはなじまない。

  4. 「ドイツ抵抗運動に関する最近の研究動向」 単 1998年7月 『史学』67-3・4号 155-186頁
    保守派反ナチ運動を中心とする研究動向の分析。東西ドイツの対抗関係は克服された。それは抵抗運動研究にも窺える。また研究の地方史化が始まっている。

  5. 「戦時戦後小売配給統制の展開」 単 2001年6月 『国際経済論集』8-1号 1-16頁
    1.日中戦争期から2.太平洋戦争期、3.戦後統制までの統制時代のわが国小売業界について分析した。流通は統制され、小売店は配給所となった。物資の欠乏とあいまって、太平洋戦争期には、日本に小売の実態はないといってよい。この流通小売統制は、戦後1950年くらいまで戦後統制という形で続く。しかし、それは自由経済への復帰のための統制であった。

  6. Volker Hentschel, Wirtschaft und Wirtschaftspolitik im Wilhermenischen Deutschland・Organisierter Kapitalismus oder Inteventionsstaat?, Stuttgart 1977 単 1984年8月『史学』54-1号
    表題書の書評
    本書の特徴はヴィルヘルム時代のドイツ経済を自由主義的ととらえた点にある。従来、ドイツの資本主義は国家主導的と評されてきたのに対して、著者ヘンチェルの見解は新鮮である。なお蛇足であるが、著者はマインツ大学時代の小職の指導教授であり、著名な社会経済史家である

  7. Hentschel,"Wirtschafts-und Sozialhistorische Bruche und Kontinuitaten zwischenWeimarer Repabulik und Drittem Reich" in: Zeitschrift fur UnternehmensgeschiteJg.28 H.1(1983) 単 1985年3月『史学』54-2・3号
    表題論考の論評
    本論考の特徴はワイマール期からナチス政権期のドイツ経済に、通説よりも多くの連続性を認めた点にある。

  8. Birgit Wulff, Arbeitslosigkeit und Arbeitsbeschaffungsmassnahmen in Hamburg1933-1939, Furankufurt/M.1987 単 1989年3月 『史学』58-2号
    表題書の書評
    戦前期ナチス政権時代のハンブルク市における失業問題と雇用創出措置に関する分析である。雇用創出研究を地方史レベルで探求した。しかし全体との関連が弱い

  9. MarkHarrison,ed.,The Economics of World WarⅡ.Six Great Powers in International Comparison,Cambridge UP.,1998. 単 1999年12月 『軍事史学』35- 3 号
    表題著書の書評
    英米ソおよび日独伊6国の第2次大戦期の経済力比較。予想どおりの結果といえようが、連合国側の力が圧倒する。三国同盟の敗北は必然的であった。

  10. 「管見:ドイツ連邦健康省」 単 2009年6月 浜松大学『健康プロデュース雑誌』4-1巻頭言
    ドイツ連邦健康省は正式にはBundesministerium für Jügend Familie Frauen und Gesundheit 略してBMJFFGという。直訳すると「児童青少年、家庭、女性、保健を所管する連邦省」となる。
    連邦健康省は1986年に創設された新しい連邦官庁であるが、もととなる組織は従来から内閣に存在した。それが連邦家庭・児童青少年省(Bundesministerium für Familie und Jügend)と連邦保健省(Bundesministerium für Gesundheit)である。この二つの官庁がまず1969年に合同して、Bundesministerium für Jügend Familie und Gesundheitとなり略してBMJFGといわれた。同省がさらに組織が拡充されて、現在のBMJFFGとなる。
    1969年にできたBMJFGは6つのAbteilung局から構成された。すなわち中央監理局(Verwaltung und zentrale Angelegenheit)、児童青少年局(Jugend)、家庭局(Familie)、医薬局(Humanmedizun Arzneimittel -und Apothekenwesen)、食品・獣医局(Lebensmittelwesen und Veterinärmedizin)、社会福祉局(Sozialwesen)である。
    この6局が1974年に以下の4局に再編成された。第一局(Zentrale Verwaltung Planung中央監理、計画)、第二局(Jugend Familie Sozialzesen児童青少年、家庭、社会福祉)、第三局(Humanmedizun Arzneimittel Apothekenwesen医療、薬品)、第四局(Lebensmittelwesen VeterinärmedizinVerbraucherschutz食品、獣医、消費者保護)である。これにジェンダー、女性問題(Fraenfrage)を加えて、現在のBMJFFGが成立したわけである。